2009年1月9日金曜日

ヨッシー村へ再び2008.1.3

朝8時半にサンチアゴを出発したバスは、1時間半後にペノノメに到着しました。ここからサンミゲルまでは2時間かかります。1日3本しか出ないチバ(山のバス)の2本目は、10時半に出るというはずなんですが・・・。
待つこと3時間。午後1時にこのバスが出発しました。後でこのことを他の隊員に聞くと、「よくあること」なんだそうです。パナマの人は辛抱強い。文句も言わず、ずっと待っているんですから。
今日は、パナマ帽を吉見隊員の住んでいた家のお母さんに作ってもらうために、サイズを測ってもらいに来たんです。乗ってきたバスが、一つ先のバス停で折り返してくるので、20分くらいの滞在でしたが、家族が私をあたたかく迎えてくれました。帽子は1~2か月後に出来上がるそうです。出来上がりが今から楽しみです。

初日の出2009.1.1

朝6時20分起床。
待つこと25分。
やっと雲(霧)の合間からお日様が顔を見せてくれました。太平洋側から登ったお日様に今年1年間のパナマでの活動と日本の家族の安全を祈りました。7時間以上かかった下りの道も足にこたえました。この痛みが、自分の心を少し強くしてくれたような気がします。
下っている途中には、こんなきれいな虹が私たちにあいさつしてくれました。
この2日間のことは、きっと忘れることはないでしょう。

ボルカン登頂2008.12.31

待ちに待ったボルカンバルーンを登る日が来ました。9人のボランティアたちと3人のガイド、そして1人の子どもの計13人という大勢での登山になりました。朝8時半ごろから登り始め、最初は元気だったみんなも、9時間45分後に山頂に着く頃には、くたくたになっていました。
山頂で私たちを迎えてくれたのは、このみごとな夕日とこの動物でした。名前は・・・?。パナマで一番高い山の上で迎える元日に胸が高まるのをおさえ、夜9時過ぎに眠りにつきました。外につくったテントの外はマイナス4°C。とても暑い国パナマだとは思えませんでした。

セロプンタという町2008.12.30

昨日は、ボルカンに
住む隊員の家に泊めてもらいました。今日の早朝に着いたもう一人の隊員と一緒にとなり町の「セロプンタ」まで歩いてみました。バスに10分ほど乗り、近くの川で記念写真。
そこからひたすら登る坂道を2時間ほど。標高1300mのボルカンから標高1800mのこの町までは、10kmぐらいあります。この町に着いたのはお昼近くになりました。
前に入ったことがあるというレストランで昼食をとりました。
その後、ほど近い場所にあったイチゴのお店に。
ここは、野菜とイチゴ作りがさかんな町なんです。
イチゴに生クリームがのったこのデザートとコーヒーで午後の一時をゆっくり過ごしました。
帰りはバスで帰りました。
なぜって?
それは、明日、ボルカンバルーン(3475m)に登るからです。今日の疲れがでないといいのですが・・・。


2009年1月7日水曜日

佐藤さんの仕事2008.12.29

同期の隊員「佐藤さん」の仕事に一緒について行きました。
彼の仕事は、県内の各家庭を周り、シャーガス病について住民達に知らせたり、その病気をもたらすチンチェという虫を見つけ、家の中に殺虫剤をまいたりします。この虫は小さいもので5mm、大きくなると4cm近くになり、夜になると人間の血を吸いにどこからかやってくるのです。1回吸われたくらいでは病気にはかかりませんが、100回以上刺されると、後から発病するというやっかいな病気です。
また、家の周りに水たまりを見つけると、それをなくすように注意します。ここに蚊が卵を産み付け、そこから生まれた蚊がマラリアなどの病気を流行させてしまうからです。
今日は、午前中だけで、8軒の家を回りました。家の中に入るなんてなかなかできないことだったので、とてもよい経験でした。大きな家や汚れた家など様々です。でも、どの家の家族もこころよく家の中に入れてくれてくれた気がします。
そのある一軒の家で出会ったおばあちゃんと写真を撮りました。このおばあちゃん、何と104歳だそうです。パナマでもこんなに長生きするおばあちゃんがいるんですね。
このおばあちゃんに逢って話をしていると、1年半前に亡くなった私の祖母のことを思い出しました。
心があったかくなれた1日でした。

国境の橋と道路工事2008.12.28

28日、朝6時の船に乗りバスとタクシーを乗り継いで、たどり着いたところがここ。コスタリカとの国境の橋です。私が立っているところがコスタリカです。橋の向こうがパナマです。だいたい歩いて6分くらいかかる大きな橋です。よく見ると橋の真ん中に線路がしかれています。ここは、以前、汽車の走っていた橋だったようです。どんな物を運んだのでしょう。今は、この地域はバナナのプランテーション(大規模農園)が広がっています。
9時半に、ここ「チャンギノーラ」という町から「ダビ」に向かうバスに乗り込み、ちょうど、真ん中を過ぎたあたりでした。急にバスが止まり、いつまでたっても走り出しません。バスを降りて100mほど歩いてみると、何と道路がなくなっていました。聞いてみると、あと5分早かったら、工事が始まっていなかったのにとの話。工事って事前にいつの何時から何時までどこで行うかって、普通は伝えておかなければならないものですよね。ここパナマでは、そんなことは伝えないで始めるようです。
あまりにひまなので、こんな写真を撮ってみました。谷に飛び込んでいるように見えますか?
結局、8時間後に工事が終わり、ダビに着いたのは、夜の8時になってしまいました。ダビの中華レストランで夕食を食べ、私は近くのホテル(1泊2200円)に止まり、大ハプニングの一日が終わりました。
後で知りましたが、この工事の様子は、その日のニュースなっていたようです。もしかすると、私もパナマのテレビに映っていたかも?

ボカス・デル・トーロ旅行2008.12.25

24日の夜12時にサンチアゴを出発し、25日の朝6時過ぎにボカスにつきました。この地域は、コスタリカよりの大西洋側にある観光地で、島に渡りビーチで泳いだり、ダイビングをしたりできる所です。
25日は、午前中島を歩き、このカフェテリアでコーヒーブレイク。午後に到着した2人と一緒に6人で、近くの島に渡り、海に入りました。
26日は、昼頃到着した韓国人ボランティアのジェイを含め、7人でデストレージャ(ヒト
デ)海岸へ。バスに1時間乗った後、歩いて30分。でも、とても波の穏やかな遠浅のきれいな海岸でした。この名前の通り、ヒトデがたくさんいました。その大きいこと。しかも、つかんでもふんでも痛いんです。夕食は、タイ料理のレストランに行って2日目の夜が過ぎました。
27日は、朝からいい天気でした。1人16ドルで近くの4つの島をめぐるツアーでした。船は貸し切りです。船頭さんと15歳の息子さんが私たちのガイドをしてくれました。9時に出発して4時にホテルに帰るまで、海の中の魚を見たり、泳いだりして、ここでの最後の一日を楽しみました。この時期、ちょっと波が高くて残念でしたがもう一度来たくなるような島でした。今度は、しっかりと虫除けを持って。